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深夜まで怒鳴られ、殴られた…父親から虐待 転機はSNSの「逃げて」

虐待やドメスティックバイオレンス(DV)の被害者を支援するNPO法人「アコア」(福岡市)は今月、動画投稿サイト「ユーチューブ」に「エンパワーチャンネル」を開設した。出演するのは当事者の女性7人。暴力がもたらす恐怖や無力感、絶望。心と体に受けた傷は深く、容易に癒えない。それでも被害の実態を知らせるため、1人で苦しむ誰かの手を握りエンパワー(力づける)するため、彼女たちは声を上げた。

 「殴られてぼうぜんとしていると『笑いなさい』と怒鳴られた」。福岡県に住むみゆきさん(仮名・30代)は幼少から20代半ばまで父親に虐待された。夕食を与えられず深夜まで怒鳴られる。理由は分からない。母も父から暴力を受けていた。ある日、みゆきさんは母をかばって殴られた。すると母は「お父さんに土下座しなさい」と激高した。

 服も買ってもらえない。親のお古を着ていると父に「ダサい」とけなされた。成人しても「社会のごみだ」とののしられ、家を出ることを許されなかった。反抗は発想にもなかった。

 転機は会員制交流サイト(SNS)をのぞいたこと。父のことを書き込むと「逃げて」と誰かが助言をくれた。2年近く「そこまでのことじゃない」と思っていたが、「私はDVで離婚した」「シェルターって知ってる?」と励まされ、支援機関を頼って逃げた。

 その後も、悪夢と不眠は続いた。10年近くたった今も原因不明で体調が悪くなり、寝込むことがある。

 動画の収録中、声が震え涙があふれた。それでも自分はSNSで助けられた。次は自分が手を差し伸べたい。児童虐待のニュースを見るたび「まだ救える人がいるはずだ」と感じている。

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 かぴばらさん(仮名)は動画で「私たちは味方になれるかもしれません」と呼びかけた。

 交際を始めたばかりの男性に、かつて性被害に遭ったことを思い切って打ち明けた。その日に強姦(ごうかん)された。「一度被害に遭ったんだ。減るもんじゃないだろう」。心をえぐられた。

 周囲に「隙があるんじゃないの」と責められた。支援機関では相談員に「2人きりでいたら同意と見なされますよ」と言われた。

 自分が悪いと自分に言い聞かせた。私の話なんか誰かに聞いてもらう価値もない、私なんかご飯を食べる価値もない。思い詰め、摂食障害になった。スピリチュアルや占いにすがったが「前向きに生きなさい」と言うばかり。苦しさはむしろ増した。

 たどりついた自助グループで回復を実感している。「無理に前向きになろうとすると体が壊れる。『私はつらかったんだ』と言える場所をつくってほしい」

 (川口史帆)

自分が悪いと思う精神状態 後遺症 息の長い支えを
 DVや性暴力被害者支援に詳しい九州産業大の窪田由紀教授(臨床心理学)に虐待やDV被害の特徴や被害者支援に必要なことを聞いた。

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 -虐待やDV被害が表面化しにくいのなぜか。

 被害者の行動が加害者によって物理的に制限されている場合もあるが、多くは「おまえのせいだ」「だめな人間だ」と精神的に支配され、自分が悪いと思い込まされているからだ。被害者は声を上げようとすら思わず、耐えきれずに逃げた後も「相手が悪い」と思えるまでに時間がかかる。

 特に性暴力は被害を訴えた側が誹謗(ひぼう)中傷されるなど被害者に落ち度があるかのような偏見がいまだにある。暴力への恐怖に加え、自責の念で二重三重に苦しみ、口をつぐんでしまう。

 -後遺症はどうか。

 暴力や支配がなくなっても命の危険を感じたり、被害体験が鮮明によみがえったりして心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむ。誰にも心を開けず「何も信じられない」「どうしたいか分からない」という状態に陥る。「早く自立しないと」「親なんだから」などの言葉も回復を妨げる。心身の状態に合わせた息の長い支えが必要だ。

 -当事者が被害体験を語ることの意義は何か。

 今まさに暴力に苦しんでいる被害者は被害を自覚していないか、他人には理解されないと諦めていることが多い。似た境遇の当事者の証言は被害者が自分の被害に気付き、「共感者がいる」と希望を感じる強いメッセージになる。

 語り手自身も自分に何が起きたかを振り返り、今の心境を語ることで誰かの力になれるという実感を得ることは、損なわれた自己肯定感を取り戻し、「私らしく生きていいんだ」と前向きに生きることを後押ししてくれるだろう。

3/29(月) 11:25配信 西日本新聞

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