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子どものためと思っていても…アナタのその行為は「虐待」かもしれない

2018年に母親(当時58)をバラバラにして遺棄した元看護師(34)が2審で減刑・結審した。元看護師は高校卒業後、監視生活などで母親から虐げられ、医学部合格のために9年間浪人してきた末の事件だったことから裁判官も同情を示した。たとえ、娘の将来を思っていたとしても、あきらかな「虐待」だった。
■「同情の余地」で減刑

 元看護師は懲役10年の判決を受けた。1審の15年から大幅に減刑されたが、理由に母親から受けた「教育虐待」があった。彼女は、母親と2人暮らしで、幼いころから通信教材を買い与えられ、親の希望で医学部入学を目指した。2005年、現役で国立大の医学部を受験し不合格も、母親は周囲に「合格」したと嘘をつかせて、その後9年間に及ぶ浪人生活を強いたのだ。自由な時間を与えないために入浴も共にし、家出しても探偵を使って連れ戻されたという。

 芸能界でも子どもを有名大学の付属校に入学させたり、インターナショナルスクールや海外移住をしたりすると、「教育熱心」だともてはやされる風潮がある。大学受験の苦労をさせたくない、いい友人と出会って欲しいという純粋な親心だとしても、本人の適性とは別に受験させたり、「勉強しなさい」と繰り返すのは令和の時代では教育虐待となる。

 興味深い統計もある。ソニー生命の「子どもの教育資金に関する調査2021」によると、コロナ禍で月々の教育費は小学生で1万4760円と、前年の1万7748円から3000円近く大幅に減った。しかし、前年の調査では65.5%が「子どもの学力や学歴は教育費次第」と回答している。しかも、73%が「早期の知育や英才教育は子どもの将来のために重要」と考えている。

 富める家とそうでない家との教育格差は広がっているが、親はできることなら子どもに“学歴”を付けさせたいと願っていることがわかる。

■コロナ禍で小学1年生から塾通い

 中学受験情報を提供する安田教育研究所の安田理氏が言う。

「20年度はコロナ感染防止対策による学校の休校措置などで、公立と私立の教育の差が顕著に表れました。タブレットの配給や授業のオンライン化といった環境が異なります。さらに自粛生活もあって、旅行や食事にお金をかけていた分を教育につぎ込む家庭もある。中学受験用の学習塾に取材すると、小学校1年の模擬試験受験者や保護者の相談が増えていると聞いています。中学受験のために塾に入るのは新4年生のタイミングが一般的でしたから、どうしても私立に入れたいから勉強させたいと思う保護者が増えたのでしょう」

 子どもには将来苦労してほしくないと願うのは親として当然だろう。だが、「誰のため」かという線引きは曖昧だ。

「子どもを攻撃せずにはいられない親」の著者で精神科医の片田珠美氏が言う。

「子どものために良かれと思ってやっていても、無自覚のうちに『支配欲求』『所有意識』『親としての特権意識』『自分は正しいという思い込み』が絡んでいるケースが大半です。娘を9浪させた母親は、高卒で学歴コンプレックスがあったと報じられています。医師になることが幸せと信じきっていて、現役で不合格だった時も親族には『合格』と伝えていたといいます。自身のコンプレックスや就職失敗などの無念を子どもに代理戦争をさせることで晴らそうとする。『あなたのためを思うからこそ、〇〇するのがいい』という言い方をしますが、自慢できる子どもになれば育てた親自身も認められた気持ちになります。承認欲求を満たすことによって傷ついた自己愛を修復しようとするのです」

 健やかな子に育って欲しいと水泳やサッカー、バレエなどの習い事に通わせることも、ストレスの原因になる可能性も認識しなければならない。

 厚労省の調査では、受験などのプレッシャーで引き起こす「気分障害」の未成年患者数は約15万人。近年、精神科には子どものうつ病患者も珍しくなくなっている。
一方で、自分が成功した道だから子どもも成功するとは限らない。職業を継がせるのもまたエゴだ。スポーツ選手に顕著だが、幼少期から英才教育を受けているケースは多い。水泳の池江璃花子選手も元陸上選手だった母親から幼児英才教育を受けてきたことで有名。運動能力を高めるために0歳からうんていにぶら下がり、2歳で逆上がりができていた。女子レスリング金メダリストで東京五輪代表の川井梨紗子選手は、両親とも競技経験者でレスリング一家。池江選手や川井選手は才能と必死の努力があっての成功例ではあるが、全ての子どもが彼女たちのようになれるわけではない。かつてスノーボードの日本代表だった兄妹が父親からスパルタ式で鍛えられていた話もある。

 歌舞伎の世界も同じで世襲が悪いわけではないが、結果的に成功すれば対価も大きい分、犠牲も払う。子どもの肌に合わなければ教育虐待の可能性も出てくる。

「一般の人の場合、医師の子どもが親の跡を継いでもらいたいという期待を背負い体調を崩したり、不登校になったりするケースが多い。あとは弁護士事務所経営者ら。資格を有する職業の親は自身も高収入で成功者ですから、子どもにも同じ道を歩ませたがる傾向にありますが、継ぐためには試験に合格しなければなりません。能力や適性が伴っていないと苦しい思いをさせます」(片田珠美氏)

 では、どんな対処の仕方があるのか。親が才能があると思って塾やスポーツ教室、習い事に通わせても、1年経って自主的に行きたがらなかったり、レッスンをサボるようなら子どもと話し合うのが適切だ。逆にレギュラーになれず、成長はゆっくりでも本人が楽しんでいれば続けさせればいい。

「必要なのは『大人になるための育て方』です。いい大学を出ても、就職に失敗したり、社会人になって人間関係や不況によるリストラなど苦難は訪れます。そのときに対応できなくなってしまう。今は転職も当たり前で、会社でも指示待ちではなく、自分で仕事をつくらないと生きていけない時代になっています。幼い時から自分で選択する能力を付けさせてください。成績が伸び悩んだら『やめたい?』『ほかにこの学校も良さそうだけど、どうしたい?』と常に問いかけて、自分で決めさせるのです」(安田理氏)

 官庁、銀行や新聞社などかつて高学歴の就職先だった業界は、衰退の一途をたどっている。我が子が将来苦労しないために親がやれることは、子どもの意に沿わないことをやらせるのではなく、どんな時代でも生き残れる能力を付けるための選択肢をたくさん与えてあげることだ。

3/30(火) 9:06配信 日刊ゲンダイ DEGITAL

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