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発達障害を正しく理解することはダイバーシティ実現の一歩 きゅうくつなムラ社会から脱するために

5/23(日) 10:02 47NEWS

春の訪れとともに、新入生、新入社員の姿を目にすることが増えた。新しい環境で、人と目を合わせられない、うまく字が読めない、計算ができない子供たちはいないだろうか。複数のタスクにパニックになったり、他人と接するのが苦痛そうにみえたりする新人社員はいないだろうか。そこには彼らの「わがまま」「怠慢」「努力不足」ではない要因があるかもしれない。「発達障害」を抱える人たちの現状をお伝えしたい。(リスク管理・コミュニケーションコンサルタント=西澤真理子)

 ▽誤解が多い発達障害

 「発達障害」という言葉を聞いたことがあるだろう。この10年ほどの間に、テレビの特集などで注目されるようになってきた。正式な医学用語は「神経発達障害」。出生以前の原因で、生まれつき脳の機能に何らかの偏りがある障害の総称である。

 発達障害の分野における第一人者で医師でもある岩波明昭和大教授によると、症状は主に以下の三つに分類される。得意と不得意の差が大きいことが特徴だ。


 (1)コミュニケーションや対人的な相互関係が困難。特定の者や行動など同一性へのこだわり(自閉症スペクトラム障害、ASD)

 (2)集中できない、じっとしていられない、衝動的な行動をする(注意欠如多動性障害、ADHD)

 (3)読み書き計算などの特定能力の習得や使うことが苦手・困難(限局性学習障害、LD)

 発達障害は子供全体の5%以上、成人でも少なく見積って3%にみられる症状である。明らかな身体障害や精神障害とは違い、軽症の場合には、自分も周りも気付かず、見過ごされてきたケースもある。「サービス産業の比重が高まり、よりコミュニケーションが求められる社会構造となり、発達障害を抱える人たちが顕在化してきた」と岩波教授は話す。

 日本のムラ社会的な「同質傾向」、経済の縮小や匿名のネット化による「不寛容傾向」なども背景にあろう。「空気が読めない(KY)」「コミュ障」など、コミュニケーションを苦手にする人をあざけり、おとしめる差別言葉が象徴だ。

 一見普通に見え、認知されにくい「発達障害」はすぐに分かるものではない。しかし努力で解決できるものではないために、レッテルを貼られ責められることで追い込まれて「抑うつ」や「不安症状」を引き起こすことも珍しくない。

 昨年開催された昭和大学でのトークイベントで、漫画家の沖田×華氏(代表作「透明なゆりかご」)の話を聞く機会があった。沖田氏は、複数の発達障害の症状を抱えながら人気作家として活躍中だ。

 自身の子供時代を振り返り「相手の感情が分からず嫌われるまで付きまとった」「頭が休まないためにおしゃべりで、先生にいじめられた」「算数ができず塾に行っても集中できずにだめだった」と打ち明けた。看護師の資格を取り、病院に勤務するも、仕事も周りとの関係もうまくいかず、自殺を図ったことさえあるという。

 会場の参加者からも「良かれと思いやったことがうまくいかず、なぜ女なのにできないのと指摘されて自信がなくなった」「他人との距離を取ることに苦労している」など、切実な声が寄せられた。

 2017年に筆者が共催したシンポジウム「おとなの発達障害:働き方と職場のコミュニケーション」でも多くの事例を聞いた。自分や家族のこと、優秀だがどうしても協調性を欠いてしまう同僚など、人々がひそかに悩んでいる事実を改めて認識した。遠くから足を運んでくださった一般の参加者も多く、発達障害を抱える家族の切実さ、社会のサポートが限られる中で家族が文字通り駆けずり回って情報を集め、対策を講じなければならない「制度の不備」を実感した。

 日本の現状は、障害のある人との共生が進む北欧諸国と比べると悲しい限りだ。スウェーデンで保育士を務める友人によると、幼児期の段階で親や保育園のスタッフが目配りし、発達障害の症状がある場合にはその子に合わせた教育、そして職業訓練を施し、社会での自立を促していくという。多様性を重んじ、発達障害についてももっとオープンだ。

 ▽必要なのは正確な情報の共有

 今日本に必要なことは、基本的な誤解を解き、治療や社会復帰、就労に向けた取り組みなど、正確な情報を広く周知し共有することだろう。

つまり、発達障害とは、母親の育て方が悪かった結果という根本的に誤った理解ではなく、生まれ持った障害であると正しく認識することだ。

 さらに、正確な情報として、発達障害と他の症状が同時に出現することがあるという事実を知っておくべきだろう。例えば、ADHDとASD、うつ病とADHD、ADHDと依存症などがある。

 治療としては、発達障害の症状を軽減するための薬物治療法、認知行動療法の専門プログラムがあることを知っておいてほしい。例としては昭和大学付属烏山病院のサポートプログラムがある。また、就労サポート団体も増えてきている。株式会社「Kaien」などは活発な支援を行っている。

 ▽社会は多様性により育まれる

 最も注意すべきはあいまいな情報だ。インターネットには玉石混合の情報があり、医療機関を受診しても、その医師が必ずしも専門家ではない場合もある。素人判断は禁物。誤った情報に振り回されないためには信頼性の高い情報にアクセスすることだ。

 発達障害の患者を診察している医師が書いた一般向けの書籍もある。例えば岩波教授の「発達障害」(文春新書)や「発達障害はなぜ誤診されるのか」(新潮選書)、「女子の発達障害」(青春出版社)などだ。もっと専門的に知りたければ、2020年に発足した「日本成人期発達障害臨床医学会」にアクセスすることをおすすめする。これらの情報を基に、頼れる医療機関や支援団体に出会うことができるだろう。

 メディアの発信も重要だ。ニトリ創業者で現在会長である似鳥昭雄氏は、数年前にたまたまテレビを見ていて、自身が「発達障害」ではないかと考えたそうだ。小学校高学年になっても自分の名前を漢字で書けず、先生の話が理解できず悩んでいたという。

 現在は、発達障害などで学校に行けなくなった子供たちをサポートするために東京大学の研究室が始めた「異才発掘プロジェクト」を、彼らに自信を付けさせ、夢と希望を与えたいと、似鳥氏自身が参加し支援している。

発達障害のある人たちは確かに社会の少数派で、多数派という意味での「普通」ではない。だが生物やコミュニティー、社会の健全さ、活力、新しいアイデアは多様性により育まれる。少しもはみ出さない、誰もが「普通」で「同じ」である社会は望まれているのだろうか。筆者は英国とドイツで長く暮らしたが、日本で「ちょっと変わってる」と呼ばれる人たちは、かの地では「普通」の人に思えるし、その人の個性でもあると受け入れられる。

 あなたの周りにいる「みんなとちょっと違う人たち」を理解し、認め、もし困っているようならばサポートをこころみてはどうだろう。少数派をはじくのではなく、社会で支援し共生していくことが何よりも大切だ。

 日本でも、さかんに言われるようになってきた「ダイバーシティ」とは本来、こうしたことである。

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