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「菌」と呼ばれ執拗ないじめ…震災経験者、コロナ「あの頃と似ている」

3カ月で698件。新型コロナウイルスに関連し、全国の医療従事者が受けた差別や誹謗(ひぼう)中傷の件数だ。緊急調査した日本医師会が昨年10月1日~12月25日に発生した被害として取りまとめた。


 「子どもの登園を拒まれた」「美容室の予約ができない」といった事例は枚挙にいとまがない。自宅への入居前、近所の人から「お医者さんでしょ。窓を開けられなくなるから引っ越しを延期して」などと言われた医師もいた。電話でいきなり「職員が住んでいる場所を教えろ」とすごまれた病院もあった。

 感染リスクと隣り合わせで働く医療従事者に感謝を伝える「フライデーオベーション」と対照をなす社会の暗部。感染に関する知識不足が行き過ぎた言動となり、結果として意図しない加害と被害を引き起こしている側面はもちろんあるだろう。

 ただ、身近な人たちが発する冷酷な排除の言葉、突如として牙をむく匿名の攻撃は、それだけでは説明がつかない。

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 「あの頃と似たようなことが起きている」。東京電力福島第1原発事故で福島県いわき市を離れ、東京都内で避難生活を送る鴨下全生(まつき)さん(18)。震災後の自身の歩みを振り返り、そうつぶやいた。

 10年前。転校先の小学校で「菌」と呼ばれ、執拗(しつよう)ないじめを受けた。教室に並べた図工の作品に「死ね」と落書きされ、鉛筆で太ももを刺された。私立中学校に進学し、福島からの避難者であることを隠すと、いじめはなくなった。

 折しも、被災地の復興や連帯の象徴として「絆」というスローガンが社会にあふれていた。だが避難者であるという理由で疎外された鴨下さんには、空虚なメッセージにしか感じられなかった。

 「絆という言葉は、差別に苦しんでいる福島の人たちから目をそらし、分断の現実を覆い隠しているような気がする」

 コロナ禍の世情も同じではないか。医療従事者を英雄視しつつ、自分の周囲からは排除する。不条理が社会の淵に沈んでいく。

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 放射能や新型コロナなどの「未知の脅威」に直面し、恐怖心に駆られた社会はこれまでも暴走することがあった。時に異質なものとしてコミュニティーから排除しようとし、深刻な人権侵害を引き起こした。

 ハンセン病問題では、後遺症にすぎない外見の変化を恐れるあまり、患者や家族を苛烈な排除の対象にした。関東大震災では「朝鮮人が暴動を起こす」という根拠のないデマが不安を広げ、虐殺が起きた。

 一方、九州工業大の佐藤直樹名誉教授は研究テーマの「世間学」の視点でこうした現象を読み解く。

 佐藤氏によれば、他人に迷惑を掛けず、空気を読み、周囲に同調するのが「世間のルール」。内と外を区別し、未知の脅威を攻撃することも多い。「極論すれば、日本では法令ではなく『世間のルール』が本音。むき出しの本音がコロナ禍で顕在化した」

 しかも放射能やウイルスは目に見えない。日本的な吉凶の俗信では人知の及ばない脅威は「ケガレ」と見なされ、不当な排除を正当化する集団心理を生みやすい。

 過ちを繰り返さないために何が必要か。佐藤氏は「『世間』が暴走することもあると、私たちは自覚しなければならない。立ち止まり、自身の言動を自問することが大切だ」と話す。(山下真)

西日本新聞

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